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美術は、数学等と違ってもともとはっきりした点数や評価が出しにくい教科であるし、またそのあいまいさやファジーなところが教師の考え方や、価値観に大いに左右される危険性のある教科でもある。 点数を気にする一部の生徒は、期末の評価の前になると、しきりに私のまわりにやってきては、点数の話をしたがる。 「ねえ、先生見て、この版画ここのところがね、ほら5o位、刷るときにずれちゃって… 。これって、点数にするとどれ位マイナスになるの?ずれが3カ所あるから合計3点引かれちゃうの?」などと聞くのである。そして私の答えはいつも決まっている。 「なんで、そんな5oくらいのことでいちいち気にするの?版画なんてずれてあたりまえ、それも、いい味出してるじゃん、と思ってみない?絵として良ければそれでいいのよ。」 そして、ここで生徒はホッと胸をなでおろし、 「あーよかった。3点マイナスにならなくって。」 などと言うのだ。ちょっとした事で、1つ1つマイナスされてきた彼女たちの過去を思うと同情したくなる。これが今の子供たちの素直な感情から出た発言だとすると、とても問題だと思う。そして少々悲しくなる。 それにもうひとつ、驚くべき事がある。 「先生の息子さん、どこの学校?」 「M高校よ。」
「へえ、それってすごい高い学校じゃん。うちのお兄ちゃんは高い学校なんだけど、弟は低いとこ行ってるの。」「何、その高い、低いって…?」 「偏差値の事よ。」 「……。」 私はしばし絶句である。まるでブランド品を選ぶかのように偏差値の高い低いで、学校選びをさせられてきた子供達を不憫に思う。 そして、そのようなモノサシで、すでに自分の位置づけまでして、これからまだまだ伸びてゆくはずの、いろいろな才能や可能性までも自ら閉じ込めてしまっている様に思う時がある。あきらめるのにはあまりにも早すぎる。 たった5oのはみ出しで点数を気にする子供達、高い低いでしか学校を見ることが出来なくなってしまっている子供達、こういう少々、淋しく、さもしい心を持った子供達をこれ以上増やさない様にするには、私達大人の、とりわけ教育に携わる者の責任は大きいと思う。少なくとも、私は美術を通して、大らかにゆとりを持って子供達と接していきたい。 |