だけが響いている。この夏、久々に絵筆を持つ機会を得た。この状況に身を置くと、原点に帰れる気がする。美大時代の同期で同業の友人が、ある専門学校主催のサマーセミナーに誘ってくれたのだ。小規模ながら、ファインアートではその質 高さを聞くこともあったが、実際はどうなのか、この機会に内情を知っておくのもよいかと、参加してみた。油彩の他にテンペラ画 、銅版、イラスト、CGも体験できる。私の選んだ講座は高校生が5人、大学生が4人、教員が4人という内訳だった。 いざ指導となると分けへだてない。中堅画家として活躍されている先生が細やかにみてくださった。 「素直に取り組んでいるのはいいけど、ダイナミックな動きがたりないねえ。」 「面に沿って、こだわった色を丁寧にのせいていこうという気持ちは伝わってくるけど、感情とか情熱とかがもっと...。」 ううっ...。学生時代にも同じ様なことを言われたっけ。進歩ないなあ。その上、気持ちさえも、変に頑固になってしまっていることに 気付く。若いうちはなんでも吸収出来る、柔軟で豊かな感性を持っているものだ。指導する側もより慎重に言葉を選ぶことも必要だろう。 それにしても、背後に先生の気配を感じ、いよいよ、次は私の番だという時のドキドキ感は生徒になってみないと解らないものだ。指導の仕方も学んだ気がする。先生の言葉に一喜一憂しながらの数日間だったが、何とか20号の人物画が完成した。夢中になって何かをやり遂げた時の爽快さは何事にも代えがたい。 たまには生徒の側に立ってみること、そして生徒の気持ちになってみること、それが何よりこの夏一番の収穫になったことは言うまでもない。 |