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それは長谷川等伯の「松林図」。桃山時代に描かれた水墨画の最高傑作だ。空間の奥深さと、一瞬の空気の流れをとらえた、幽玄な墨の美しさ……。時代もジャンルも越えて私の大好きな絵のひとつだ。 ところが先日ある新聞記事で、それとそっくりの松林図が発見されたということを知った。しかも署名もなく作者不詳。等伯のものが唯一の絶品と信じて疑わなかったところへ似たものの出現で、専門学者達の間では さまざまな憶測がなされているという。誰かが真似て描いた、いやこれこそが手本だったらしい、いや本人の下描き……。太陽と月をテーマにした展覧会でそれが見られるという事ではやる気持ちをおさえつつ赤坂の美術館に行った。さて、実物を前にして私はどう思ったか。
あの等伯の作品と違って迫力に欠ける。筆の勢いがない。瞬間を写しとった厳しい程の精神性が感じられない。左上の月は故意なのか、横につぶれた様にいびつである。木の幹が妙に技巧的だ。あの心にドーンと響く感動は……。絶対何かが違う。こうなったら再び、等伯の国宝の方が見たくて、いてもたってもいられなくなった。さっそく上野の国立博物館に向かった。刀や甲冑の間を素早くくぐりぬけ、「お目当て」に直行する。ほの暗く、人もまばらな荘重なフロアの中で時を忘れた。しばらくぶりに会う事の出来た愛しい人の前にいる様な気分だった。何分眺めていても、飽きなかった。 二つの関係については、現代の様に写真があり、簡単にコピーがとれるわけでもない時代に模倣と伝承にかかわる何らかの大きな理由があったに違いない。 ふとしたきっかけで興味と好奇心が私を赤坂へ上野へと走らせてくれたが、500年もの歳月を経た今も、 こうして心が熱くなれたのは偉大な先人達の偉業の存在に他ならない。時空を超越した恒久性こそが本物の 芸術なのだ。 |