美術教師 米谷義子のつぶやき
monthly essays


「 5/4拍子の帰り道 」 DECEMBER 1998

 晩秋の日没は驚く程早い。駅に着くとホームだけがライトアップされて明るい。高架下からジャズの生演奏の音が鳴り響いている。 たぶん、“テイク・ファイブ”という曲だったと思う。深い藍色の黄昏に滲む赤や緑のイルミネーション、頬をなでる微風…。この都会の 風景にこのBGMが不思議にぴったりと来る。
 電車の後方に乗ると都合が良いのでひたすらホームを歩いていると、前の方に二人の中年サラリーマンがいた。一人はかなり背が高く、 もう片方は低く、二人のシルエットがどことなくユーモラスだった。電車は電光掲示の定刻を過ぎてもやってこない。かなり遅れているらしい。ベンチでたまたまとなり合って座った。聞くともなくとなりの会話が耳にとび込んでくる。  「ドラムの音っていいもんですねぇ。いやあ、素晴らしいなぁ。これは…。」と小柄の男性。言いながら彼の足が自然にリズムをとっている。 当然大柄な男性もそれに同調するのだろうと思っていたら、意外なことを言う。
 「ええっ。そお? 僕はいやだな。こんな大音響で演奏されたらたまんないよ。もし近くに赤ん坊でも寝てたら引きつけ起こしちゃうよ。
ポリスの前なのによく許しているよなぁ。何も駅前でやんなくたってさ。他にもっといい場所があるだろうに…。」  とかなり立腹のようす。駅前に赤ん坊が寝ているという発想がちょっと突飛な気がしなくもなかったが、彼の言うことも一理あるかもしれない。

 でも、その時の私には、サックスの甘いメロディーとめりはりのあるドラムのリズムがとても心地良かった。一週間の最後に思いがけず出されたデザートの様に嬉しく、出来ればゆっくり味わいたいと思った。ようやく電車すべりこんできた。乗るのに勇気がいる程込んでいる。  「お急ぎのところ、大変ご迷惑をお掛けしております。先ほど、国分寺、小金井間でお客様が線路上をお歩きになった為、ダイヤが大幅に乱れております。」とのアナウンス。対して誰かが「歩くなよ。…ったく。」とつぶやいた。身体中に圧迫感を感じながらもぐり込むとやっとドアが閉まった。同時にすべての音も遮断されてしまった。ガラス越しにホームを見ると、例の二人は乗ることをあきらめ、まだベンチに腰をかけたままだった。どんな会話が続いているのだろう。
 二人分の混雑を遠慮した彼らは、少しの思いやりがあったのかもしれない。強引に乗り込んだ私よりは…。そして、帰宅を急ぐ必要のなさそうな 彼らをほんの少しうらやましく思った。    







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