美術教師 米谷義子のつぶやき
monthly essays


「 ブランド品はお好き? 」 FEBRUARY 1999

  久々に下北沢に行く機会があった。古着屋やCDショップ等が増え、いつの間にか若者向きの街に変貌していた。 プラダの新作バッグがいくつもならべられているウィンドウで思わず足をとめた。定番の黒だけでなく、深い芥子色や オレンジ、コーラルピンク...なんとカラフルで魅力的な色をしているのだろう。又、いつか生徒にブランド品カタログを 見せてもらった事がある、ヴィトンの新しいベイビィブルーも嫌みのないさわやかさで実に美しい。革の部分が使い込まれて アメ色になった時のコンビネーションも充分に計算されたデザインだ。皆でうっとりと見入ってしまった事がある。しかし、これらは 驚く程高価だ。少々無理してでも手に入れる人も多いらしい。

 少し前のこと、NHKの番組で"ニュープア"(新貧乏)という呼び方で、ブランド物を求め続ける若者を紹介していた。ある 女性は食費をごくわずかにとどめ、室内には家財道具も食器もほとんどない。そして収入の大部分をブランド品につぎ込んでいる。男性の間では、バブル崩壊後も時計ならロレックス、カメラならライカ、万年筆ならモンブラン等の年代物を持つ事がステイタスらしい。 何年も使いこなせる丈夫な造り、飽きの来ない等、確かにブランド物は持ってみればわかる良さもある。価値観や嗜好は人各々であっていい。
 さて、特に文化においては戦後の日本人のアイデンティティは曖昧だと言われる。このあたりで日本文化の原点を考え直すのも良さそうな気がする。"オランジュリー展"で見たルソーの船の絵は明らかに北斎などの浮世絵にある波の表現を真似ていた。日本には、百数十年前に 海外の巨匠たちをあっと言わせた文化があった。しかし今は...日本発インスタントラーメン、カラオケ等はよく知られているところだが、 つい先ごろお隣の国で日本のアニメや劇画が解禁になったという。エロチックなアニメーションが紹介され、可愛い顔をしてお尻の軽い 女の子が一杯...そんなのばかりが日本の文化と思われてもねぇ...。  過日、美術史の学習をした時にこの話にふれた。「皆、グッチだカルティエだってさわいでいるけど、印象派の画家達は...。」 とたんにざわめいていた教室がシーンとなった。私は彼女たちの反応に確かな手応えを感じた。これからの文化を担っていく若い世代 には是非堂々と日本から発信してゆけるものを作り出してほしいと思う。"永遠の島国"などと揶揄されない為にも。    







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