美術教師 米谷義子のつぶやき
monthly essays


「 巣立ちの季節 」 MARCH 1999

    毎朝、一教室を何歩で行けるかなどと、ばかげたことを考えながらぴかぴかに磨かれた廊下をゆく。視界は一点透視図。3年1組、3年2組・・・そして3年5組をすぎ、3年6組まで来ると、その向かいに行く先の美術室がある。三学期になるとこの廊下は不気味な程静かだ。3年生は卒業式まであと二週間となってしまった。掲示物もすべてはずされどの教室もがらーんとからっぽ。賑やかな笑い声や、おしゃべりの喧騒が全くないのも、物足りない。たまの登校日によく知る3年生の顔を見かけることもあるが、4月にはもう会えないと思うとこみあげてくるものがある。
 美術を選択していた20数名も、すでに8割方進路先が決定した。高校に入学したころからすでに将来のことを考えている生徒もいるが、それはごく少数だ。2年生へのクラス分けでは追い立てられるように理系か文系かの選択をせまられ、2年のなかばには進路を決定してゆかなければならない。自分の意志や希望すらはっきりしないまま、その事で悩んでいる生徒も多い。  最近生徒からよく言われる事がある。 「先生みたいな仕事につきたいな。」 (何故?) 「だって、ラクそうなんだもん。」 (えっ。) 「仕事している風に見えない。それで時給いくら?」 (何ですって!)   その上、 「本当に美大出てんの?」 (失礼な・・・。)  今さらながら、自分の“のどかな風貌”を恨んでみても仕方がないが、人を見かけで判断するものではないですよ。
 先日、家の引き出しの奥から、高3の時の学生証が見つかった。今よりずっとずっとやせていて、もっと厳しく、気の強そうな顔をしている。もし今、こんな生徒がいたら、ちょっと・・・。あまり感じのよくない表情だ。学校帰りの予備校通いで、毎日帰宅は10時すぎ。あけてもくれてもデッサンの日々。学校の宿題もろくろくやる時間がなく、運悪く英語の訳などをあてられるとしどろもどろ。となりの親切な友人が、手早くノートをスライドさせてくれたものだ。16才から18才のあの凝縮した日々がなかったら、今の仕事もあり得なかった事だけは確かだ。とは言え元来、引っ込み思案だった私が、先生業についている事自体、驚く知人も多い。人生意外な転回もあるもので、時には流れに身をまかせるのもいい。軌道修正はいくつになっても出来ると思う。

―巣立ってゆく皆さんへ―  おそらく、ちょっと窮屈に感じていたに違いない制服や学校のきまり事から解き放たれて、大きく羽ばたいていって下さい。しなやかに、おおらかに、そしてたくましく。御卒業おめでとう。お元気で。    







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