菊華学園70年の歩み
−奥田裁縫女学校時代−


校 名:奥田裁縫女学校(大正12年〜昭和15年)
理事長:奥田正一
校 長:奥田艶子

奥田 艶子 校長

大正デモクラシー時代の代表的な女性として世界各国を回り、新しい知識を導入して指導した。
●教育目的●

本校は現代に適切なる新式裁縫術を教授し独特の方法と技能を練習せしめ、 兼ねて諸種の学芸に拠り女子の徳性を涵養する。



大正15年の校舎



●沿革抄●

大正11年 9月12日
12月22日
設立申請
私立学校設立認可
大正12年 4月22日 小石川区大塚町に開校
大正15年 4月20日 当時(馬橋)の新校舎に移転
昭和2年 寄宿舎が南側に完成(200名収容)
奥田艶子校長 アメリカ・コロンビア大学に招かれて一年余り、洋行
その間、中村とき先生(息女)が指導する
昭和3年 リー博士を当校へ招いた
昭和5年 生徒数500名を超える 最盛期
昭和6年 実業学校令に拠る学校として文部省認可
女子高等職業学校設立申請
昭和7年 本科卒業生を第1回卒とする
昭和12年 冬、奥田艶子校長、急死す
昭和14年 財団法人相愛学園に組織変える
昭和15年 前田蓬氏に譲渡する

三笠艦を見学 昭和3年、リー博士をお迎えしての記念写真
昭和3年、コロンビア大学関係の方が講堂で正座をされ、奥田校長が横にてお茶のお手前を指導される



●校章●

周囲は三種の神器である、八咫鏡を形どり用いた。当時の女学校では多く用いられ、色とか中の文字が異なっていた。




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