New Zealand ニュージーランド
レポート集


ベツレヘムカレッジ in タウランガ
2−2  諏佐 かずみ(新宿区立牛込第二中学校)

  ニュージーランドという異国で過ごした2週間半は私にたくさんの喜びと可能性を広げてくれました。出発前は2週間も過ごすことを長いと思っていたけれど、今思うとなんと短い日々だったんだろうと寂しくなりました。できたら8月中だけでも向こうにいたいなんてわがままな考えをもたずにはいられないくらい充実した生活をおくれました。  ベツレヘムカレッジは、私にとって大好きな学校であり、思い出深い場所となりました。生徒達は、日本の高校生とは全く違い、みんな個性的で明るくちょっと恥ずかしがりやな人達でした。
 バス通学も私の楽しみの一つでした。バスの中はみんな仲良しで、楽しそうでうらやましく思えました。生徒の中には小さな生徒のめんどうを見たり、私達にしきりに話しかけてくる生徒もいたりと、バスに乗るのが毎日楽しみだったので、最終日にバスを降りた時には悲しくて涙がでました。その時、私は、これから日本で生活していくことが、私自身にとってマイナスに感じ、日本の生活が色あせて見えました。本当にこのまま残ってこの学校に留学したくなりました。私はここでのあたりまえな生活が幸せに思えて、この生活がもう少しで終わってしまうのかと思ったら凄く悲しくなりました。  バディはかわいくて明るくすぐに好きになりました。ヘンナがいたから学校生活が楽しくなれたと思います。私のカレッジでの生活の大半をヘンナと過ごせてうれしかったです。
 ホストファミリーの人達は、本当にみんな親切で優しく明るい人達で子供達も人なつっこくて、私もすぐに仲良くなれました。ママとパパもとてもいい人達で、時々幸せすぎて怖くなりました。ニュージーランドで過ごした思いで全てが私の大切な宝物です。ニュージーランドに行かせてくれてありがとうございました。ニュージーランドに行って本当に良かったと思います。

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19日間
2−7  河合 美保(新座市立第六中学校)

 7月23日猛暑の日本を抜け南半球のニュージーランドに到着した。到着してもまわりには友達が一緒だった為か実感がまったくなかった。道を通り過ぎていく外国人に私達は“ハロー”物を買う時もスムーズに“How much?”と聞くことができ、なんとか二週間持ちそうだと自信に満ちていた。
 遂にホストファミリーとの対面。さっきまでの自信はいったいどこに?という位不安に満ちていた。話す言葉といえば“日本は夏です”“これはプレゼントです”“少し疲れました”と限られていた。“どうしよう”その日から辞書なしの生活は送れなかった。しかし辞書を持っているだけでは相手の話していることは理解できなかった。私は家にいても一人とり残されているようで寂しくてしょうがなかった。昼間友達と話している時が唯一の休める時だった。
 五日位した頃だろうか、ホストファミリーと話している自分がそこにいた。話すといっても単語を少し並べてカタコトに話す程度だけど着実に進歩はしていた。質問するにも積極的になっていた。一つ問題といえば食べもの。日本の食文化と全く異なり肉食が中心であり、甘いものも多かった。二週間これらが続いたのは少しきつかった。しかしそのおかげで文化の違いを知ることができたし日本の食文化も知ってもらえたと思う。  日が経つにつれ“帰りたくない”と言う言葉が増えてきた。私もその一人であった。あと何日で帰れると指折数えていたのが、あと何日しかいられないに変わっていた。19日なんて本当にあっと言う間だった。想像していたよりも沢山の出会いや経験がかさなってこの19日は一年分に相当する位楽しかった。帰ってきた今本当にそう思う。

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楽しすぎたホームステイ
2−5  和田 ひとみ(千代田区立九段中学校)

 私のホームステイした家は比較的年のいった夫婦と韓国からの留学生の3人で暮らしていました。ニュージーランドに行く前は英語もほとんど話せないのに大丈夫なのかと不安でした。でもそんな事は意外とどうにかなるものです。話して通じなければ他の方法で伝えることも出来ます。とにかく身ぶり手ぶり相手に自分の思っていることを伝えました。聞きとりの方も初めは何を言っているのか全く分からなかったけれど、何日か過ぎるとある程度は自然と理解出きるようになりました。会話で分からない単語が出てくるとバディの子が辞書を引いて教えてくれました。私のバディの子はニュージーランドに来てから約一年で英語はペラペラでした。しかし時々スペルなどが分からなくなると辞書を持って来て、二人で辞書を引く場合もありました。だからこそ気持ちも通じ合ってとてもとても親しくなれました。私は毎日が楽しくて仕方ありませんでした。
 土日は休みだったのでいろいろな場所につれていってもらいました。山に登ったり、浜辺に行ったり、映画にも行きました。山からの景色はとてもきれいでした。下を見ると真っ青な海がずっと続いていました。浜辺も日本とは較べものにならないほど美しかったです。白い砂につくり物のような貝殻があちらこちらに散らばっているのです。この美しさと感動は実際に自分の目で見なければ分からないと思います。
 やっと慣れてきたという頃にお別れの日が来てしまいました。私にとって二週間という日々は短すぎました。私は日本に帰りたくない、もっと長くここにいたいという気持ちで一杯でした。それをホストマザーに伝えると「いつでも帰って来なさい」と言ってくれました。二週間という短い間だったけれど、ホームステイ出来た事は本当に良い経験で、私の一生の思い出です。こんなに素晴らしい機会を与えてくれた全ての人たちに、私は心から感謝しています。

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ニュージーランドに行って
2−7  竹本 瑞紀(杉並区立東原中学校)
 オークランド空港に着いても、最初はみんなと一緒だったので全くと言ってもいい程、緊張しませんでした。しかし、バスでベツレヘムカレッジに向かう時は緊張し「右手にはホームステイのマニュアルの本、左手には辞書」でした。友達とバスの中で、ホストファミリーに会った時の挨拶の練習などをしたり必死でした。いよいよ自分の家族と対面する時、私の緊張は最高点に達した。一人ずつ家族の方と帰っていくのを横目で見ながら私の手は、緊張のあまり震えていた。さっきまで、あんなに余裕で友達と騒いでいたのに……。
 最初の2、3日は毎日、英語との戦いだった。食事の時も辞書を離さなかった。ホストファミリーの方も私の為に、ゆっくりと話してくれたので助かった。が、しだいに辞書を引く回数も減り、自分でも驚くほど相手の会話を理解するぐらい英語を聞きとれるようになりました。それからは、話すことが楽しかった。
 授業では、日本の様にかたくるしい感じでなく生徒が授業を展開しているような自由な雰囲気なところが好きだった。授業中、私の隣にいた人が「今日、僕、誕生日なんだ」と言ったら生徒も先生も授業を中断して、手をたたきながら歌って誕生日を祝っていたのには驚いて。私は、こんなリアリティーのある人達が大好きだった。ずっとタウランガにいたいと思った。
 ついに別れの日。泣かないように必死で涙をこらえていたが、すでに朝食の時に目の前の物がよく見えないほどウルウルいていた。私は、ホストファミリーとの最後の食事だから会話をいつもより楽しもうと思ったけれども、みんなの顔を見ると私の頭の中で自然と今までの楽しくて恐ろしい程、早く過ぎ去っていった日々がよみがえってきた。その時、本当に今日でお別れなんだなあと実感してきて、目頭が熱くなった。車の中でホストマザーに「あなたは、私達の家族の一員です。必ず、ここに戻ってきてね」と言われた時、こらえてた涙が、溢れだしてボロボロになってしまった。最後の最後までホストファミリーの心の暖かさに私は感動し、また、感謝した。
 私は、ニュージーランドに来て本当によかったと思う。すばらしい人達に出会うことができ、そして語り合い、心の暖かさに触れ合うことができ、最高の体験をした。これは一生の宝物となることだろう。
 あまりにも楽しく新鮮なことの連続だったホームステイは、ここに書ききれない程の思い出が残りました。このホームステイで得たことをいろいろな所で役立てたいと思う。
 最後に、このホームステイに行かせてくれた両親や、協力してくれた先生方などにお礼をいいたいと思います。たった2週間だけれども、とても貴重な体験をし充実していました。外国の方と話す抵抗もなくなり、世界が広がった気がします。このホームステイを一生忘れない!

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ニュージーランドに行って
2−7  江川 仁美(瑞穂町立瑞穂中学校)

 私は、ニュージーランドへ行って、そこに住む人たちの人格、文化、そして英語を学びました。
 私にとって初めての海外だったので、行く前は緊張と楽しみでいっぱいでした。ホストファミリーと対面したとき、一気に緊張が高まり、「Nice to meet you」はうまく言えたけれど、その後何と言ったらいいのか困りました。緊張のせいで、前日まで勉強しておいた言葉がぜんぜんでてこなかったのです。ホストファミリーの家に行って、洗濯、トイレなど家内のことをいろいろ教えてもらい、それからリビングに行って、私の家族や友達などについて話したりしました。前もって用意しておいた質問をしたり、初日が肝心だと思って一生懸命話しました。でも、やっぱり言葉がなかなか通じなくて、いざというときにすぐ英文が思い浮かばず、必ず辞書を使い、2、3日夜になると日本が恋しくなるときもありました。しだいにだんだん慣れてきて、ずっとここにいたいと思う気持ちがでてきて、ホストマザーに「ずっと私たちの家にいてほしい」と言われました。その言葉はホストマザーだけでなく、家族みんなに言われ、私は帰りたくない一心でした。たった二週間で、楽しさ、やさしさ、つらさ、そしてうれしさを学び、ホストファミリーと別れるときはたくさん涙がでました。最後に言う言葉もちゃんと勉強したのに、別れるのが嫌なのと、涙が大量にでるせいで、「Thank you very much」を何度も言い続けるだけで、最後に英語で、「絶対また来るからね!」と言いました。
 ホストファミリーだけでなく、ニュージーランドの景色や雰囲気も好きでした。日本に帰ったら、変なニュースや、悪役扱いされる女子校生といわれるばかりで、何の心配もいらないニュージーランドはとてもうらやましいです。ニュージーランドに行って本当によかったと思います。

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今はキウイ(飛べない鳥)でも・・・
2−9  高野 志津子(練馬区立光が丘第二中学校)

 「ホームステイ、どうだった?」この夏休み、友達と会う度に同じことを聞かれた。私は、「良かったよ」としか答えられなかった。まだ私にとってホームステイがどのような価値があったのか、自分自身もわかっていなかった。ホームステイはもちろん楽しかったし、家族の人や私が会った全ての人はとってもやさしかった。ステイをしたことは、全然後悔していない。しかし、私がホームステイを希望した一番の理由は、他にあった。それは、もっと自分に自信をつけたかったことと、将来の夢となるきっかけを得てきたいと思ったことである。将来の夢を得るためには、何か自分で実行しなければいけない。何でも良いから。だから、私にとってこのホームステイは良いチャンスだったのである。
 私がステイをしている間中一番心掛けていた事は、家族の輪に入る、ということだった。家にいる時は暇な時間が多かった。だから私は、みんなが居るリビングへ行き、一緒にテレビを見た。心の中では、一緒に見ても良いかな、ずうずうしいかな、と思いながら。しかしそれからは、家族の人から一緒に見よう、と誘ってくれるようになった。そして、みんながテレビを見て笑うと、言葉を理解していない私もその雰囲気で一緒に笑えた。私はそういう時間が好きになった。そんな風に自分から家族のいる所へ行って、同じ事をしていくうちに、みんなが私に話しかけてくれるようになった。遊ぼうと言ってくれたり、言葉なしに笑いかけてくれたり、いろいろな所へ連れて行ってくれるようになった。そして、頭の中から溢れ出そうなくらい沢山の思い出ができた。
 それから約三週間。私はホームステイをして自信がついた……と言うよりも、度胸がついたと思う。この度胸を生かして小さな自信を大きく育てていきたい。そして、まだ将来の夢は見つかっていないけれど、もう一度ホームステイをして異国の人との交流を味わいたいという小さな夢ができたのでその夢を実現できるように努力したい。そのためには大学へ行ってもっともっと他国のことを学ばなくてはいけないと思った。
 私はもうしばらく考えているだろう。私にとってホームステイがどのような意義・価値があったのか、ということをなぜなら、今、気がつかない何かがもっと沢山あると思うから。自分にとってプラスになった事が……。考えていれば、そのうちきっと答えがひょこっと顔を出すにちがいない。

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