菊華学園70年の歩み
−菊華学園時代−


●沿革抄●

昭和22年 4月 蜂須賀年子 校長に就任する
新学制により、菊華中学校・高等学校になる
中学校の生徒募集を開始
昭和23年 1月 前田新兵衛 理事長に就任する
昭和23年 7月 関野武夫 校長に就任する
昭和23年 高等学校 三年生のみで開設
五名で授業開始
別科と夜間職業学校を設置
中学校・高等学校共に生徒募集開始
昭和24年 教諭教室制を採用
生徒会発足
昭和25年 4月 制服を制定する
昭和26年 3月 私学法制定により、学校法人菊華学園と組織を改める
主事 吉瀬静夫先生就任
昭和27年 中学校の生徒募集中止を決定
昭和27年 9月 校歌を制定する
昭和28年 私学共済制度確立
昭和30年 中学校休校
教育課程改善
昭和32年 9月 鉄骨造り950平方メートル講堂兼体育館を新築する
昭和 33年 岩崎バレーボール大会開始
体育でダンスが盛んであった
昭和35年 創立二十周年記念式典を行う
昭和35年 1月 岩崎与八郎 理事長に就任する
昭和36年 北海道修学旅行第五回で最終となる
昭和37年 5月 長倉邦雄 校長に就任する
昭和37年 運営委員会発足
昭和38年 3月 鉄筋4階造り3421平方メートル校舎を新築する
昭和38年 多数の専任教諭が就任
教員海外研修制度開始する
昭和39年 9月 鉄筋5階、地下1階造り3582平方メートル校舎を新築する
昭和39年 報道部の新聞が、全国高校新聞連盟加盟紙となる
カウンセラー制度をおく
ハンドボール部、全国大会出場
昭和42年 12月 山下源蔵 校長に就任する
教育方針
1. 道徳教育の徹底
2. 創造的発展的知育の重視
3. 健康教育の徹底
4. 技術教育の重視
昭和44年 7月 ハンドボール部、関東大会で第三位になる
国体秋季大会体操競技で、岩崎郷子の参加した東京チームが団体第三位に入賞
昭和45年 4月 豊田直平 校長に就任する
教育方針
1. 道徳教育の徹底
2. 創造的発展的知育の重視
3. 健康教育の徹底
4. 生活・教養教育の重視
昭和49年 9月 石田弘正 校長に就任する
教育理念 人間性豊かな生活創造の能力を培う女子教育
教育目標 「自立」−可能性への挑戦−
教育方針
1. 社会性ある人間の形成
2. 個性ある人間の形成
3. センスある人間の形成
昭和58年 4月 中原芳郎 理事長に就任する
昭和58年 5月 荻島郁太郎 校長に就任する
教育理念 一人ひとりの個性を育て、人間性豊かな生活を創造できる女性の教育をめざす
教育目標 「自立」
教育方針
1. 社会性をそなえた人間を育てる
2. 個性豊かな人間を育てる
3. センスある人間を育てる
4. 健康な人間を育てる
昭和61年 4月 制服を改訂する
平成元年 5月 佐藤行雄 理事長に就任する
平成元年 6月 完田充弘 校長に就任する
平成元年 9月 校門を改修する
平成2年 9月 西秀夫 校長に就任する
教育理念 ひとり一人の個性を育て、人間性豊かな生活を創造できる女性の教育をめざす
教育目標 「自立」−可能性への挑戦−
教育方針
1. 社会性をそなえた人間を育てる
2. 個性豊かな人間を育てる
3. センスある人間を育てる
4. 健康な人間を育てる
平成3年 3月 菊地文男 理事長に就任する
平成5年 8月 オブジェ菊の除幕式を行う
平成5年 11月 創立70周年記念式典を虎ノ門ホールで行う


校舎に校章がつけられた

中学校の家庭科授業

事務室2階に看板がつく

体育館兼講堂落成式典 1958年9月28日

岩井臨海教室での宿舎

活躍したフェンシング部

生徒ホールと玄関に噴水が完成

東京都私学部 二宮課長

林間 赤城青年の家

若さ溢れる体育祭

コンピュータ室 開設

ホームステイ



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